【続日本100名城 第184番】基肄城跡を歩く|古代防衛の知恵が息づく山城

【続日本100名城 第184番】基肄城跡を歩く|古代防衛の知恵が息づく山城

基肄城跡の全景、山全体に残る土塁と石塁

2025年3月7日、佐賀県三養基郡基山町にある基肄城跡きいじょうあとを訪れました。続日本100名城 第184番に選定されている古代山城で、現在は登山道や公園として整備され、城の構造を間近に観察できる貴重な史跡です。九州の防衛拠点・大宰府を守るために築かれた国家規模の山城であり、その広大な防御ラインは現在も山全体に残っています。

谷や尾根を巧みに活かした土塁や石塁、戦略的に配置された4つの城門など、見どころは複合的な防御構造にあります。白村江の戦い後に築かれた歴史的背景もあり、城跡全体から当時の緊張感に満ちた防衛体制を肌で感じられます。車・公共交通のどちらでもアクセス可能で、登山や歴史散策を兼ねた観光スポットとしても親しまれています。

基肄城跡の歴史|白村江の敗戦から生まれた山城

基肄城跡きいじょうあとは、白村江の戦い(663年)で日本が唐・新羅連合軍に敗れた後、天智天皇の命により大宰府防衛のため665年に築かれた古代山城です。同時期に築かれた大野城とともに、朝鮮半島の築城技術の影響を受けた「朝鮮式山城」の代表例として知られます。城郭は谷や尾根を取り囲む約3.9kmの土塁と石塁で構成され、戦略的に配置された4つの城門が防御力を高めていました。

築城当初は軍事的拠点としての役割が最も重要視されましたが、時代を経るにつれて行政的な役割も担っていたとみられています。城跡は築城の意図や当時の防御技術を今に伝える貴重な史跡であり、登山を兼ねて訪れることで、古代の戦略や自然地形を活かした築城の工夫を、現地で実感できます。

基肄城跡の見どころ|城内を歩いてみた体験レポート

① 基山町民会館でスタンプ押印

基山町民会館で続日本100名城のスタンプを押す様子

登城前に基山町民会館に立ち寄り、続日本100名城のスタンプを押しました。

基肄城跡2
館内は落ち着いた雰囲気で、スタンプは誰でも利用可能です。開館時間は午前9時~午後10時です。

② 水門跡・南門跡|古代の防御と治水技術

基肄城跡南門付近の水門跡、谷を塞ぐ石塁の構造

基山町民会館から車で基肄城跡南側へ向かいます。最初に到着した水門跡は谷を塞ぐ石塁の中に長さ約9.5mの通路があり、古代の人々が川の水流を制御していた高度な土木技術が用いられていたことがうかがえます。隣接する南門跡は現存していませんが、石塁と水門の配置から南側防御の要であったことがわかります。谷を挟んでそびえる石塁は、当時の防御施設の規模と迫力を実感できます。敵の侵入を防ぐ防御施設であると同時に、豪雨時の排水を担う治水機能も備えていたと考えられています。

③ タマタマ石|信仰と絶景の巨岩

基肄城山頂のタマタマ石、荒穂神社の磐座として信仰される巨岩

水門跡と南門跡を見学後、山頂駐車場へ車で向かい、少し登ると山頂南端に「タマタマ石」が現れます。荒穂神社の磐座として古くから信仰され、地域に根付く信仰と歴史を今に伝える象徴的な巨岩です。基肄城築城以前から信仰の対象だった可能性もあり、自然崇拝の歴史と古代山城が重なる特別な場所です。

山頂南端から大宰府方面を望む景色
周囲は視界が開け、大宰府方面まで眺望可能です。古代山城がなぜこの場所に築かれたのかに思いを巡らせながら、ひと息つける絶好の休憩場所です。

④ 天智天皇欽仰之碑|築城者を称える顕彰碑

天智天皇欽仰之碑、基肄城築造を称える顕彰碑

タマタマ石から尾根沿いを少し進むと「天智天皇欽仰之碑」に到着します。近代になって基肄城の歴史的価値が再評価される中で建立された顕彰碑で、昭和8年(1933年)に基肄城築造に携わった天智天皇を称えるため建立されました。山頂に立つ姿は、城跡を象徴する存在として強い存在感を放っています。

⑤ いものがんぎ|中世の防御施設跡

草スキー場付近の連続堀切「いものがんぎ」、中世防御跡

碑から基肄城跡石碑・大礎石群へ向かう途中、草スキー場付近に「いものがんぎ」と呼ばれる連続堀切があります。中世に再利用された防御構造で、狭くジグザグに続く通路は一度に一人しか通れず、敵が一気に攻め上がれないように工夫された防御地形です。古代山城の上に中世の防御施設が重なる、歴史の層を足元から実感できる場所です。

⑥ 基肄城跡石碑・大礎石群|古代山城の核心部

山頂広場の基肄城跡石碑、古代築城の標柱

山頂の広場に立つと、まず目に入るのが基肄城跡の石碑です。大正13年(1924年)に建立され、基肄城の歴史的価値を示す標柱として現在も残っています。この石碑は、訪れる人に古代築城の意義や城跡の重要性をひと目で伝えるランドマークとなっています。基肄城の核心部に到達したことを実感させてくれる存在です。

尾根沿い西側の大礎石群、古代高床式建物の礎石

尾根沿い西側土塁付近には大礎石群が広がります。10間×3間(約28m×9m)の高床式建物を支えた花崗岩の礎石が並び、城内を見渡せる立地にあり、戦略的重要拠点であったことがうかがえます。発掘では軒瓦や土器も出土し、古代の軍事・行政施設の痕跡が見つかっており、その役割や機能を今に伝えています。周囲は整備され、礎石の大きさや配置をじっくり観察できます。建物の規模を手がかりに、かつてここに建っていた建造物の姿を思い描ける場所です。

基肄城跡へのアクセス・駐車場・基本情報

所在地 佐賀県三養基郡基山町
最寄駅 JR基山駅から徒歩約90分
入場料 無料
スタンプ設置場所 基山町民会館(受付時間内)
駐車場 基山町民会館付近に駐車スペースあり(狭く急坂注意)

山頂駐車場へ向かう道は狭く急勾配のため、運転に不慣れな方は基山町民会館周辺に駐車し、徒歩での登城がおすすめです。

基肄城跡の魅力|古代防衛の知恵を歩いて体感する

基肄城跡は白村江の戦い後に築かれた古代山城で、防衛構造を歩きながら体感できる全国的にも貴重な史跡です。土塁・石塁・連続堀切などの防御設備を歩きながら観察することで、古代の戦略や城の機能を実感できます。

自然地形と築城技術が融合した古代の防衛施設と中世の改修遺構が同じ山に重なって残る点が大きな魅力です。登山やハイキングを兼ねて散策可能で、基山町民会館から大礎石群まで見学すると、所要時間は2~3時間程度です。かつて国家防衛の最前線だった山を歩く体験は、他の城跡ではなかなか味わえない特別な時間になります。