日本三大観音の1つで受験合格のご利益がある!愛知県の「大須観音(おおすかんのん)」

大須観音5
2019年12月20日(金)に愛知県名古屋市中区大須にある日本三大観音の1つに数えられる(浅草観音・津観音・大須観音)大須観音(おおすかんのん)」に行ってきました。
寺号は「北野山真福寺宝生院(ほうしょういん)」ですが、大須観音の名前で広く知られています。

大須観音の創建元弘3年(1,333年)で、「能信上人(のうしんしょうにん)」によって開創されました。
元亨4年(1324年)に後醍醐天皇大須郷(現在の岐阜県羽島市大須)に北野天満宮を創建し、元弘3年(1333年)に同社の別当寺として能信上人が創建した真福寺が始まりです。
創建当初は尾張国長岡庄大須郷にありました。
その後、後村上天皇により伽藍が建立され勅願寺となりました。

能信上人は開創にあたり、伊勢大神宮に100日間こもられ、「この世の人々が、御救いを受け、お恵みを頂きますには、どなたさまをお祀り致したらよいでしょうか」と一心不乱に祈願されました。
祈願が成就し、ある日上人の霊夢に「大慈大悲の観世音こそは利益無量、この世の人々に、もっともありがたいお方である。」と告げられ、更に観世音の貴いお姿をされていました。

そのお姿は、弘法大師が作成された摂州四天王寺観世音菩薩に寸分たがわぬお姿でした。
この不思議な霊夢は後村上天皇の御代の時に朝廷に達し、勅命によって、四天王寺から大須観音に移され、ご本尊と仰ぐようになりました。

戦国時代には織田信長も寺領500石を寄進し、徳川家康は名古屋を建設経営するにあたり慶長17年(1612年)に犬山城主の成瀬正茂に命じて大須郷から現在地に移転させました。

文化12年(1815年)には五重塔が建立されますが明治25年(1892年)に本堂・五重塔・仁王門を焼失します。
本堂・仁王門は再建されましたが五重塔は再建されませんでした。
昭和20年(1945年)に第二次世界大戦の名古屋大空襲で再度の焼失します。
昭和24年(1949年)に仮の本堂・仁王門が再建されますが資金難で再建が遅れ、昭和45年(1970年)に鉄筋コンクリートで再建されました。
五重塔は資金が集まらず現在も再建の計画は未定となっています。

今回大須観音に参拝してきましたのでご紹介したいと思います。

大須観音滞在時間ですが、ゆっくり参拝した場合で約20分でした。

大須観音の見どころ

・迫力ある仁王像が鎮座している「仁王門」
・御本尊の聖観音が祀られている「本堂」

アクセス

交通機関を利用

・地下鉄鶴舞線「大須観音駅」2番出口より徒歩約5分

大須観音参拝開始

迫力ある仁王像が鎮座している「仁王門」

境内入り口の「仁王門」から境内に進みます。
立派な門と鮮やかな朱色が目を引きます。
大須観音7

仁王門の両端には迫力ある仁王門像がおられます。
境内を悪い気から護っています。
大須観音9
大須観音8

御本尊の聖観音が祀られている「本堂」

仁王門を通り過ぎると正面に本堂があります。
本堂は明治時代と第二次世界大戦で2度焼失しました。
現在の本堂は昭和45年(1970年)に再建ました。
大須観音は北野天満宮と所縁が深いので色々なところで梅の花の社紋を見ることができます。
大須観音10

本堂前にはお線香を購入することができます。
しっかりと煙をかぶってきました!
大須観音12

本堂横には社務所があり御朱印を頂くことができます。
参拝後は忘れずいただきましょう。
大須観音11

境内には鳩がとてもたくさんいます。
境内では鳩の餌が売られており、自由に鳩に餌をあげることが出来ます。
鳩のえさがあげられるお寺は珍しいですね!
大須観音4

境内を見渡すと立派な「鐘楼堂」がありました。
大須観音6

境内は開放感があり、緑が豊かで都会の真ん中であることを忘れさせてくれます。
大須商店街へ来た際は是非参拝してみてください。
大須観音2

おわりに

大須観音に参拝してみて、賑やかな大須商店街の側にあるお寺ですがとても心落ち着く場所でした。
北野天満宮とも縁があり、受験生シーズンには合格祈願の為に多くの学生が訪れるお寺です。
大須の地名は大須観音の門前町が発祥となっていますので、大須に来た際は是非一度参拝してみてはいかがでしょうか。
近くには富士浅間神社やランチでおすすめの御幸亭がありますよ♪

大須観音(おおすかんのん)
場所愛知県名古屋市中区大須2-21-47
電話052-231-6525
休日年中無休
拝観料境内無料
交通地下鉄鶴舞線「大須観音駅」2番出口より徒歩約5分