群馬県太田市 新田義重(よししげ)公ゆかりのお寺 大光院(だいこういん)

2015年11月22日に群馬県太田市 新田義重(よししげ)公ゆかりのお寺 大光院(だいこういん)にいってきました。
大光院は、徳川家康が1613年に先祖とする新田義重の菩提を弔うために建立したお寺です。
子育ての神様で、地元では「呑龍(どんりゅう)様」といわれて親しみを持たれているそうです。

大光院の概要

大光院は、慶長18年(1613)春、徳川家康によって一族の繁栄と始祖新田義重を追善供養するために開かれた浄土宗の寺で、開山には芝増上寺の観智国師の門弟で四哲の一人といわれた呑龍上人が迎えられました。
上人は、弘治2年(1556)4月、武蔵国埼玉郡一の割村(埼玉県春日部市)に生まれ、元和9年(1623)8月9日、大光院で入寂した名僧です。
大光院に入山した上人は、看経・講義・説法などに力を尽くしたため、上人の徳を慕う学僧が大光院には多数集まり、周辺農民も上人の教えを受け入れたので、寺運は栄えました。一方、乱世後の人心は乱れ、天災等の影響で生活は困難を極めていたため、捨て子や間引きなどの非道が横行していました。上人は、その非道を憂い、捨て子や貧しい人々の子供を弟子という名目で寺に受け入れ、寺の費用で養育いたしました。このため、「子育て呑龍」と呼ばれ、今に篤い信仰を集めております。
(太田市教育委員会掲示より引用)

大光院吉祥門です。季節によって様々なイベントが行われるそうです。
訪れたときは、第59回関東菊花大会が行われていました。
七五三詣もやっており、大変人が多かったです!

吉祥門は間口3間、奥行1間の木造切妻造り、屋根は桟瓦葺です。三間一戸八脚門と呼ばれる形式に属しています。元和元年(1615)に仮の門として建立されたと伝えられ、大坂城落城の日に上棟したことから吉祥門と名付けられたとされています。
門には数回の改修跡があり、徳川家の家紋である三葉葵など数種類の瓦が混在していました。しかし、平成12年に屋根の全面修復を行い、建立当時の瓦と推定される「丸に三葉葵」の家紋が入った瓦屋根が復元されました。
(太田市教育委員会掲示より引用)

大光院9

大光院は群馬名所百選でなんと第1位です!!

大光院8

奥に見えるのが大光院本堂です。
通路の両端には菊花大会の菊がところ狭しとならんでいます。
銀杏と本堂の風景も美しいですね♪

大光院7

大光院吉祥門から入ってすぐ右手には慈愛の鐘があります。
こちらも秋の風景と相まって美しかったです!

大光院6

臥せった龍の形をした臥龍松に目を奪われます。

大光院5

大光院本堂では七福神のスタンプ押印場所が設けられています。

大光院4

大光院開山堂です。
七五三の方が思い思いの場所で写真撮影をしていました。
菊花大会の菊が花を添えていますね♪

大光院3

すごいボリュームのある懸崖づくりです。
隙間なく花を咲かすのは技術が必要で、このような立派な大きさにするにはすごい技術が必要だと思います!

大光院2

大光院開山堂前の写真です。
子育ての神様で七五三ができることは、子供の成長と幸せを願う場所として最高だと思いました!
大光院10

大光院は子育ての神様として、また様々なイベントの開催場所として地元の人に愛されている寺院だと感じました。
大光院開山堂や臥龍松は迫力があり、銀杏も綺麗で散策していて楽しかったです♪
金山城跡の帰りに金龍寺により、徒歩で駅に向かう途中、大きな開山堂が見えたので訪れたのですが、とても良かったです!
100名城巡りの方も足を伸ばしてみてはいかがでしょうか♪

■場所:太田市金山町37-8
■交通
東武線 太田駅から徒歩約20分 タクシーで約8分
■休み
無休
■料金
境内自由
■駐車場
あり

コメント