【日本100名城 第84番】高知城を徹底解説|現存天守と本丸御殿・全国唯一の忍び返し

2020年2月24日、高知県高知市にある高知城を訪れました。高知城は日本100名城 第84番に選定されており、現在は高知公園として整備されています。
この城の最大の特徴は、現存12天守の中で、現存天守と本丸御殿(懐徳館)が揃って現存している国内唯一の城である点です。石垣や土塁、天守、本丸御殿を巡りながら、江戸時代の城郭構造や防御の工夫を間近で体感できる貴重な史跡です。市街地からも近く、散策しながら歴史を学べるスポットとして人気があります。
高知城とは|歴史と築城背景(日本100名城・現存天守)
高知城は、現在の高知県高知市中心部にそびえる歴史ある平山城で、江戸時代初期の代表的な城郭のひとつとして知られています。築城は関ヶ原の戦いののち、山内一豊が土佐藩初代藩主として着手したもので、徳川家康から土佐一国の領主に任じられたことがきっかけでした。
一豊は慶長6年(1601年)に着工し、約10年の歳月をかけて慶長16年(1611年)にほぼ完成させました。築城の場所は、鏡川と江ノ口川にはさまれた大高坂山という丘陵で、当時は湿地帯や平野が広がっていました。この丘の地形は防御の利点となり、石垣や堀を巡らせることで堅固な城として仕上げられました。
完成当初の高知城は、本丸・二の丸・三の丸などの郭が整備され、天守や櫓、本丸御殿などが建てられた大規模な城でした。特に城の中心となる本丸には、藩主の居住空間である御殿と城の象徴である天守がともに建てられ、藩主の政治・生活の場としての側面も兼ね備えていました。
しかし、享保12年(1727年)、城下町を襲った大火で追手門を除く大半の建物が焼失しました。この災害後、城は宝暦3年(1753年)までの長い期間をかけて、ほぼ創建当時の姿そのままに復旧・再建されました。以降は明治維新の廃城令や第二次世界大戦の戦禍をくぐり抜け、ほとんどの建物が江戸時代そのままの形で今日まで残っています。
高知城が特に評価される点は、現存天守を持つ城の中でも、江戸時代の天守と本丸御殿がそろって残る日本唯一の城であることです。天守閣や御殿、追手門、多聞櫓など多くの建造物が現存しており、その規模と構造は当時の城郭建築や防御技術、武家社会の営みを知る上で非常に貴重な史料となっています。国の重要文化財にも指定されており、戦災や廃城の波を逃れてきた希少な存在として高く評価されています。
城内散策レポート|高知城の登城ルートと見どころ
追手門(大手門)|現存重要文化財の城門

高知城の正面入口にあたる追手門(大手門)は、寛文4年(1664年)頃に再建された木造の櫓門で、江戸時代の城の雰囲気を色濃く残す門です。石垣の上に構えられた二階建ての構造で、枡形と呼ばれる防御空間を備え、敵の侵入を防ぐ設計になっていました。追手門は国の重要文化財にも指定されており、現在でも当時の威容を伝える城の顔として高い価値があります。門をくぐると石段や坂が続き、本丸へ向かう道の防御的な役割も体感できます。
三の丸・二の丸エリア|石垣と排水設備の見どころ

高知城の正面入口である追手門を抜けると、まず広々とした三の丸跡に出ます。ここはかつて藩主側の居住区や役所があった場所で、城の防御ラインのはじまりでもありました。三の丸周辺には石垣が高く積まれ、当時のまま残る石積みから城の戦略性を感じ取ることができます。

さらに進むと、城内の排水設備の工夫として知られる石樋が目に入ります。これは雨水が石垣へ直接打ち当たらないよう、石製の溝で流すために設けられた仕組みで、高知が年間を通して雨の多い土地であることを踏まえた先人の知恵です。
本丸御殿(懐徳館)|現存する藩主の政務空間

二の丸の曲輪を抜けてさらに進むと、高知藩主が藩政の中心として使っていた 本丸御殿「懐徳館」 に行き当たります。建物内には、格式ある奥座敷や二の間・三の間といった畳敷きの部屋が当時のまま残されており、江戸時代の上級武士の生活や政治の様子を肌で感じられる貴重な空間です。高知城は、現存12天守の中で天守閣と本丸御殿が揃って現存している唯一の城として知られ、その価値は城郭建築史の中でも特に高く評価されています。
高知城天守|現存天守と忍び返しの防御構造

高知城の天守は、外観では四重に見えますが、内部は六階建ての独立式望楼型天守で、現存12天守のひとつに数えられる貴重な建築です。寛延2年(1749年)に再建されたこの天守は、下層の大屋根の上に建物を重ねる望楼型の意匠を忠実に残しており、外観の大屋根には千鳥破風や唐破風が施されています。最上階には廻縁や高欄が設けられ、美しさと防御機能が融合しています。
防御面では特に天守1階北東角にある「忍び返し」が有名です。現存天守の中で高知城だけに、完全な形で残っています。石垣や壁の上部に槍のように尖った鉄製の棘が密集して設置されており、石垣をよじ登ろうとする敵を物理的に妨害する仕組みです。石落としや狭間と組み合わせることで、立体的な防御ラインを形成しており、江戸時代の攻防の知恵が随所に感じられます。
本丸からの景観と現存建造物群

高知城の本丸は、城全体の中心となるエリアで、江戸時代の姿が非常によく残されている場所です。天守閣最上階に立つと、目の前に広がる本丸の建物群と防御構造がぐっと迫ってきます。石垣の上に配置された 天守や本丸御殿(懐徳館)、櫓、門など15棟もの建造物が、江戸期そのままの形で現存しており、城郭の核心が一望できるのはここだけの風景です。これらはすべて国の重要文化財に指定されています。
高知城のアクセス情報|電車・路面電車・駐車場ガイド
| 所在地 | 高知県高知市丸ノ内1-2-1(高知公園内) |
|---|---|
| 電車でのアクセス | JR高知駅から徒歩約25分/とさでん交通 路面電車「高知城前」電停下車 徒歩約5分 |
| バス利用 | 高知駅バスターミナルから中心市街地方面行き乗車、「高知城前」または「県庁前」下車 |
| 入場料 | 天守・懐徳館・東多門・廊下門共通 大人(18歳以上)500円、18歳未満無料 |
| 開館時間 | 9:00~17:00(最終入館16:30) |
| 休館日 | 12月26日~1月1日(変更の場合あり) |
| 日本100名城スタンプ | 天守入口窓口に設置 |
| 駐車場 | ・高知公園駐車場(高知城すぐ) ほか周辺公営駐車場利用可/時間貸し制 ・普通車:65台、最初の1時間370円、以降30分110円 ・営業時間:7:30〜18:30(年中無休) |
まとめ|現存天守と本丸御殿が残る高知城の魅力
高知城は、江戸時代の姿を今に伝える現存天守と本丸御殿がそろって残る、全国でもきわめて貴重な城です。天守だけでなく、御殿や門、櫓などが同じ本丸空間に現存していることで、城が単なる軍事施設ではなく、藩主の政治と生活の場でもあったことを実感できます。
追手門から三の丸・二の丸を経て本丸へと進む登城ルートでは、石垣の積み方や曲輪の配置、石樋などの排水設備まで観察でき、防御と実用を両立させた城郭設計の巧みさがよく分かります。歩くだけで、城がどのように守られていたのかが自然と理解できる構造になっているのも高知城の大きな魅力です。
天守内部では当時の建築技術を間近に見られ、最上階からは高知の城下町と周辺の山並みを一望でき、「本物が残る城」の迫力をしっかり味わえる場所です。日本100名城スタンプも設置されています。
市街地の中心部にありアクセスもしやすく、観光とあわせて気軽に立ち寄ることも可能です。じっくり見学するなら高知城の所要時間は見どころをじっくり見る場合、約1時間半〜2時間ほどです。土佐の歴史と城郭文化を体感できる名城として、旅の予定にぜひ組み込みたいスポットです。
