【日本百名城 第37番】一乗谷城跡を訪ねて|朝倉氏が築いた戦国の城下町遺跡

福井県福井市にある一乗谷城跡(朝倉氏遺跡)を、2022年10月21日(金)に訪問しました。
戦国時代に越前国を支配した戦国大名・朝倉氏の本拠地として栄えた一乗谷は、城下町全体が良好な状態で遺跡として残る、日本でも極めて貴重な史跡です。
麓に広がる城下町遺跡と、背後の城山に築かれた詰城跡をあわせて、国の特別史跡に指定され、さらに日本100名城(第37番)にも選定されています。
一乗谷城跡の歴史と朝倉氏の興亡
一乗谷城跡は、15世紀後半から16世紀後半にかけて越前国を支配した戦国大名・朝倉氏の本拠地です。朝倉氏は約100年にわたりこの地を治め、谷あいの地形を生かして、武家屋敷や町屋、寺院が立ち並ぶ大規模な城下町を築き上げました。
朝倉氏は武力のみならず、京都の公家文化や禅文化を積極的に取り入れたことで知られ、一乗谷は16世紀の地方都市としては例を見ないほど、文化的に成熟した都市であったとされています。
しかし、1573年(天正元年)、織田信長の越前侵攻によって朝倉氏は滅亡。城下町は焼き払われ、その後再建されることなく土中に埋もれていきました。
20世紀後半の本格的な発掘調査によって、戦国時代の町並みがほぼ完全な形で発見され、現在の一乗谷城跡へとつながっています。
一乗谷城跡の基本情報(アクセス・駐車場)
| 所在地 | 福井県福井市城戸ノ内町 |
|---|---|
| 最寄り駅 | JR九頭竜線「一乗谷駅」から徒歩約30分 |
| バス | JR福井駅から京福バス「一乗谷朝倉氏遺跡」下車(約30分) |
| 駐車場 | 一乗谷朝倉氏遺跡センター周辺に無料駐車場あり |
| 見学時間 | 復原町並+周辺散策で約1.5〜2時間 |
| 入場料 | 復原町並は有料(周辺遺跡は見学自由) |
駐車場

駐車場は写真のとおり非常に広く、訪問時は混雑もほとんど見られなかったため、安心して駐車できる環境だと感じました。
復原町並を歩く|戦国時代にタイムスリップ

一乗谷城跡最大の見どころが、発掘成果をもとに再現された復原町並です。武家屋敷や町屋が当時の位置関係のまま忠実に復元されています。

実際に歩いてみると、道幅や建物配置から人々の暮らしが自然と想像でき、戦国時代の城下町に迷い込んだかのような感覚を味わえます。
一乗谷城山と詰城跡

城下町の背後にそびえる一乗谷城山(標高473m)には、詰城跡が残されています。麓の城下町遺跡とあわせて日本百名城に認定されています。
登山道は整備されていますが、駐車場は少なく(約5台)、道幅も狭いため注意が必要です。一の丸までは徒歩約30分で、軽いハイキング程度の体力とクマ対策が推奨されます。
唐門と庭園|文化都市・一乗谷の面影

朝倉義景館跡の入口に建つ唐門は、一乗谷城跡の象徴的存在です。豊臣秀吉が朝倉義景の菩提を弔うために寄進したと伝えられ、現在の門は江戸時代中頃に建て替えられたものです。
一乗谷朝倉氏遺跡には4つの庭園が残されています。湯殿跡庭園は縦長の石を多用した独特の構成を持ち、江戸時代の地誌に初めて登場するものの、その用途は現在も明らかになっていません。
一方、南陽寺跡庭園は室町時代中期に作庭された池泉鑑賞式庭園で、足利義昭をもてなすために造られたと伝えられ、現在は国の特別名勝に指定されています。
一乗谷城跡を訪れて感じたこと
一乗谷城跡は、単なる城跡ではなく、戦国時代の人々の暮らしや文化を立体的に体感できる史跡でした。
静かな谷に広がる遺跡を歩きながら、朝倉氏の栄華とその終焉に自然と想いを馳せてしまいます。
福井観光で歴史を深く味わいたい方には、ぜひ訪れてほしい場所です。


