【続日本100名城 第199番】座喜味城跡を歩く|曲線石垣と石造アーチ門が美しい世界遺産グスク

2023年12月13日、沖縄県読谷村にある座喜味城跡を訪れました。
座喜味城跡は続日本100名城 第199番に選定されている城跡で、現在は世界遺産に登録された史跡公園として整備されています。
座喜味城跡の大きな魅力は、滑らかな曲線を描く石垣と沖縄のグスクでも屈指の石造アーチ門です。これら遺構を通して、琉球王国時代の高い石積み技術と巧みな防御構造を実感できます。読谷観光とあわせて人気の高い史跡です。
座喜味城跡の歴史と築城の背景|護佐丸が築いた読谷のグスク
座喜味城跡は、沖縄本島中部の読谷村にある15世紀のグスク(沖縄の城郭)です。標高のある丘陵地に築かれ、周囲を見渡せる戦略的な場所に位置していました。
築城の経緯|護佐丸と読谷山按司の時代
座喜味城は、琉球王国時代の有力な按司(領主)である読谷山按司・護佐丸が築いたと伝えられています。護佐丸は当初、近隣の山田城に拠点を置いていたと考えられており、15世紀前半頃(永享〜文安期)に中山王府の勢力が拡大していく時期に、より有利な地形を求めて現在の座喜味に城を構えたと考えられています。
地形を活かした城郭構造と曲線石垣
座喜味城は、丘陵の傾斜を利用して複数の郭を階段状に重ねた構造です。周囲を囲む石垣は、琉球石灰岩を用い、滑らかな曲線を描く石積みが特徴です。このような石垣技術は、後の琉球の他のグスクにも引き継がれる高度な技術でした。
石造アーチ門と防御の工夫
城の石門には石のアーチ構造が用いられ、沖縄のグスクの中でも早期の例として知られています。内部の郭からは、周囲の海や陸地を広く見渡すことができ、防衛・監視の拠点として機能していました。
護佐丸の転封と座喜味城の役割の変化
護佐丸はその後、中山王府の政策によって別の重要拠点である中城城に移された記録があり、中城城での事件により最期を迎えたと伝えられています(詳細は史料により異なります)。護佐丸が移ったあと、座喜味城は次第に政治・軍事拠点としての役割を失っていきました。護佐丸は15世紀半ば、勝連城の阿麻和利との対立を背景に王府軍の攻撃を受け、中城城で滅亡したと伝えられています。
発掘調査と世界遺産登録までの歩み
座喜味城跡は長らく荒廃していましたが、昭和30〜60年代(1950〜1980年代)にかけて発掘と石垣修復が進み、史跡として整備されました。
平成12年(2000年)12月2日には、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」としてユネスコ世界文化遺産に登録されています。
座喜味城跡を歩く|見どころ満載の城内散策ルート
① ユンタンザミュージアムで事前学習とスタンプ押印

駐車場に車を停めて最初に向かったのが、座喜味城跡に隣接する「世界遺産座喜味城跡ユンタンザミュージアム」です。ここは座喜味城跡の入口そばに建つ博物館で、1階には座喜味城や読谷村の自然・文化遺産に関する展示があり、城の築造技術や出土した遺物の模型・写真を通じて歴史を理解できます。また、2階では考古学や民俗、沖縄戦(1945年)に関する展示があり、地域の暮らしと文化についても学ぶことができます。見学前にミュージアムを訪れると、城跡巡りが一層深く楽しめます。

さらに、「続日本100名城 第199番(座喜味城跡)」スタンプはこのユンタンザミュージアム入口で押印することができます。※スタンプ設置状況は変更される場合があります
② 二の郭|最古級石造アーチ門が迎える居館エリア

座喜味城跡の城内に足を踏み入れてまず訪れたのが、二の郭のエリアです。この場所でひときわ目を引くのが、石造のアーチ門です。座喜味城のアーチ門は、沖縄に現存するグスクの石造アーチ門の中で早期に造られたものの一つと考えられ、その歴史的価値の高さから城跡を象徴する遺構のひとつと位置づけられています。

この門は、石を積み上げた上部にくさび石を組み込むことで安定性を高める工法が用いられており、単なる開口部である以上に高度な石積み技術が用いられていることが見て取れます。石材の組み合わせや積み方の巧みさからは、15世紀の琉球で高度な建築技術が発達していたことを感じ取ることができます。
③ アーチ門が連続する防御構造と屈曲通路

二の郭を抜けると、すぐ先にもう一つの石造アーチ門が姿を見せ、そこから一の郭へと進むことができます。このように複数のアーチ門が連なって残っている城郭遺構は沖縄では非常に稀であり、座喜味城の大きな特徴となっています。

通路は直線ではなくほんのわずかに曲がっているため、外から一気に城内へ攻め込むことが難しいつくりになっています。この配置は防御を意識した工夫のひとつで、実戦を想定した細やかな設計がなされていたことをうかがわせます。
④ 一の郭|寄進灯籠と礎石建物跡を巡る本丸エリア

座喜味城跡の一の郭にある拝所には、「奉寄進副使 座喜味親方」と刻まれた座喜味親方・座喜味盛普が寄進した石灯籠が残っています。
盛普は江戸時代、清朝・道光年間に副使として江戸へ赴き、第12代将軍・徳川家慶に関わる慶賀使節団に参加しました。任務を終えて帰国した後、清朝・道光二十三年(1843年、天保14年)にこの灯籠を奉納したと伝えられています。
現在は読谷村の文化財として保護され、琉球の領主が外交使節を担った歴史を伝える貴重な遺物となっています。

座喜味城跡の一の郭北側には、城内最大級の礎石建物跡が残っています。規模は間口約16.6m、奥行約15mで、かつて大きな木造建物が建っていたと考えられています。
礎石の配置から柱で屋根を支える構造が想定され、発掘では瓦が見つかっていないため、屋根は板葺きや茅葺きだった可能性が高いとされています。
この遺構は昭和48年(1973年)~昭和60年(1985年)の調査で確認され、護佐丸の時代の主要建物跡とみられています。15~16世紀の陶磁器も出土しており、その後も利用されていたことが分かっています。
現在は礎石が整備され、琉球の伝統的な木造建築を知るうえで重要な遺構となっています。
⑤ 城壁上からの絶景|曲線石垣と読谷の眺望

城壁の上に立つと、足元には座喜味城を象徴するなだらかな曲線を描く石垣が広がります。本土の近世城郭に多い直線的で角ばった石垣とは異なり、地形に寄り添うように弧を描くその姿は、グスク特有の造形美を感じさせます。

これらの石垣は自然の起伏を巧みに取り込みながら築かれており、防御性と景観美をあわせ持つ点も大きな特徴です。城上からは読谷の集落や遠くの海まで見渡すことができ、構造美と眺望の両方を体感できる場所として、座喜味城見学の中でも特に印象に残るポイントとなっています。
座喜味城跡へのアクセス・駐車場・見学情報まとめ
| 所在地 | 沖縄県中頭郡読谷村座喜味 |
|---|---|
| 最寄の目安 | 那覇空港から車で約1時間 |
| 入場料 | 城跡は無料(ミュージアムは有料) |
| 見学時間 | 城跡は終日見学可能 |
| 駐車場 | あり(無料) |
| スタンプ設置場所 | ユンタンザミュージアム内 |
読谷村観光とあわせて巡りやすく、レンタカー利用でのアクセスが便利な城跡です。
まとめ|歩いて体感する、座喜味城跡の曲線石垣とアーチ門の魅力
座喜味城跡は、派手な天守や建物こそ残っていないものの、琉球王国時代の築城技術を今に伝える極めて完成度の高いグスクです。二重に残る石造アーチ門や、地形に寄り添うように描かれた曲線石垣は、本土の城郭とはまったく異なる美しさと合理性をあわせ持っています。
実際に歩いてみると、郭の配置や屈曲した通路など、見た目の美しさだけでなく防御の工夫も随所に感じられます。さらに城壁上からの眺めは格別で、読谷の集落や遠くの海まで見渡せる景色は、ここがかつて地域を見守る拠点だったことを実感させてくれます。
併設のユンタンザミュージアムで歴史背景を学んでから巡ることで、遺構の意味がより立体的に理解できるのも大きな魅力です。世界遺産でありながら気軽に歩いて体感できる座喜味城跡は、沖縄の歴史・文化・景観を一度に味わえる、満足度の高い城跡だと思います。
