江東区白河 寛政の改革が有名な松平定信の墓所と江戸六地蔵の5番目がある!霊厳寺(れいがんじ)

霊厳寺6
2017年1月28日(土)に東京都江東区にある霊厳寺(れいがんじ)にいってきました。

霊厳寺創建は、寛永元年(1624年)に知恩院三十二世にもなった雄誉霊巌上人によって創建されました。
山号は「道本山」で、宗派は「浄土宗」になります。

創建当初は霊巌島(現在の茅場町辺り)にありましたが、明暦3年(1657年)に明暦の大火によって霊巌寺も延焼しました。
万治元年(1658年)に徳川幕府が行った火事対策による都市改造計画により、現在地に移転しました。

境内には白河藩主で、寛政の改革を行った松平定信の墓所があります。
松平定信の菩提寺であった為、昭和45年(1970年)に現在の町名である白河町になりました。

また江戸に入る6本の街道の入り口に安置された「江戸六地蔵」5番目東京都指定文化財である「銅造地蔵菩薩坐像」もあります。

霊厳寺所要時間ですが、ゆっくり参詣した場合で約15分でした。

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霊厳寺へのアクセス

電車でアクセス

・都営大江戸線「清澄白河駅」より徒歩約3分

霊巌寺で参拝

霊巌寺は江東区白河ではかなり広い境内があるお寺です。
入り口から本堂まで立派な参道が通っています。
明暦3年(1657年)に明暦の大火により延焼し、翌年の万治元年(1658年)に現在の地に再建されました。
霊厳寺1

参道を通ると左側に関東大震災の慰霊の石仏群があります。
霊厳寺2

浄土宗開祖の法然上人は幼少時代は、勢至丸(せいしまる)様と呼ばれていました。
勢至丸様の像が参道横に建っていました。
霊厳寺3

法然上人の七百年御遠忌(おんき)記念塔も参道横に建っています。
山号の「道本山」の文字が大きく刻まれており目を引きます。
霊厳寺4

本堂です。
本堂は関東大震災、第二次世界大戦に被災し、現在の本堂は昭和56年(1981年)に再建されたものになります。
霊厳寺5

江戸六地蔵5番目の「銅造地蔵菩薩坐像」

江戸六地蔵5番目東京都指定文化財である「銅造地蔵菩薩坐像」です。
享保2年(1717年)に造られたもので、像の高さは2.73メートルになります。
とても大きなお地蔵様で、とても守られてるような感じがします。
江東区で大きな被害をもたらした、関東大震災や第二次世界大戦の被災から残った貴重な文化財です。
霊厳寺7

陸奥白河藩藩主・松平定信の墓所

江戸三大改革※の一つ、「寛政の改革(1787年~1793年)」を行った陸奥白河藩藩主・松平定信の墓所は本堂近くにあります。
松平定信は徳川吉宗の孫にあたります。
改革では緊縮財政や風紀取り締まり改革を進めますが、「白河の 清きに魚も 住みかねて もとの濁りの 田沼恋しき」という元の田沼意次の時代の方が良いという狂歌も詠まれました。
※「享保の改革」「天保の改革」「寛政の改革」をあわせて江戸三大改革と並称されます。
霊厳寺8

国の指定文化財で、堀に囲まれており、門で閉ざされているため入ることはできません。
門のところから墓所の全体像を見ることはできます。
霊厳寺9

本堂の裏には六地蔵がおられました。
境内はとても手入れが行き届いており、静かで心落ち着くお寺でした。
霊厳寺10

おわりに

東京都江東区白河の霊巌寺に参拝してみて、寛政の改革を行った白河藩主・松平定信の墓所があり、地名になっていることがわかりました。
関東大震災や、第二次世界大戦の被災を免れて残っている江戸六地蔵5番目の「銅造地蔵菩薩坐像」は大変貴重な文化財です。
清澄庭園の近くにあり、歴史や由緒を感じられる霊巌寺に是非一度参拝してみてはいかがでしょうか。

場所 東京都江東区白河1丁目3-32
電話番号 03-3641-1523
拝観料 境内無料
拝観日 無休
交通 ・都営大江戸線「清澄白河駅」より
徒歩約3分

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