【続日本100名城 第118番】忍城完全ガイド|水攻めに耐えた浮き城の歴史・見どころ・石田堤まで解説

【続日本100名城 第118番】忍城完全ガイド|水攻めに耐えた浮き城の歴史・見どころ・石田堤まで解説

忍城全景、水濠と復元御三階櫓

2025年12月14日、埼玉県行田市にある忍城おしじょうを訪れました。続日本100名城 第118番に選定されている城跡で、現在は水城公園として整備されています。

忍城の最大の特徴は、利根川と荒川の低湿地帯を利用した水堀です。周囲を水に囲まれ「浮き城」と呼ばれた難攻不落の城として知られています。石垣・土塁・堀・御三階櫓などの遺構から、戦国期の城郭構造や水城の防御力を実感できます。行田市街からも近く、忍城観光をしながら歴史を学べるスポットです。

本記事では、忍城の歴史や見どころ、続日本100名城スタンプの設置場所、石田堤の訪問ポイントまで、初めて訪れる方にもわかりやすく解説します。

忍城の歴史と浮き城伝説|築城から水攻めまで

忍城は、文明10年(1478年)頃、武蔵国の豪族・成田氏によって築かれました。湿地や沼地を自然の防御として活用し、曲輪を島のように分け橋でつなぐ構造は、攻め手にとって非常に難攻不落でした。

戦国時代、関東では上杉氏や後北条氏が勢力争いを繰り広げ、忍城も影響を受けました。成田氏は情勢に応じて立場を変え、城を守り続けます。永禄年間(1558〜1570年)には上杉謙信の関東進出で城下が被害を受けましたが、城そのものは落ちず、防御力の高さを示しました。

最大の戦いは、天正18年(1590年)の豊臣秀吉による小田原征伐です。城主・成田氏長なりた うじながが小田原城に出陣中、城代の成田長親なりた ながちからが籠城しました。石田三成は堤防を築いて水攻めを行いますが、忍城は耐え抜き、「浮き城」として広く知られるようになります。

江戸時代には譜代大名の居城となり、城の整備が進められました。寛永年間(1624〜1644年)に御三階櫓が築かれ、城下町も交通と水運に支えられて発展しました。明治4年(1871年)の廃藩置県により多くの建物は取り壊されましたが、現在は水城公園として整備され、復元御三階櫓が行田市郷土博物館として公開されています。

忍城の見どころ徹底ガイド|城内散策レポート

① 忍城の石垣遺構|櫓跡に残る江戸時代の面影

忍城入口、外郭エリアの石垣

城内は行田市郷土博物館の第1駐車場(33台)または第2駐車場(22台)から散策可能です。今回は第2駐車場からスタートしました。

歩くと、往時の忍城櫓の土台となった石垣が目に入ります。元禄15年(1702年)には三階櫓1棟、二階櫓2棟が建てられましたが、明治6年(1873年)の廃城で解体されました。残る石垣は歴史の証です。

② 伝進修館表門|忍城に残る貴重な武家屋敷門

伝進修館表門、旧芳川家表門を移築

伝進修館表門」は旧芳川家表門を移築したもので、藩校「進修館」の門と伝わります。一間一戸の高麗門で切妻造・桟瓦葺。部材の墨書から天保3年(1832年)の建立が確認され、市内に残る貴重な武家屋敷門です。

③ 本丸西側の土塁|戦国期の防御構造が残る遺構

忍城本丸西側の土塁

伝進修館表門をくぐると、本丸西側に現存する土塁が見えてきます。一部が当時の工法のまま残っており、急斜面と高さもほぼそのままです。高さは約5〜6mで、草木に覆われながらも、戦国時代の力強い防御の姿を感じられます。

④ 御三階櫓と水濠・東門|現在見られる復元建物と水城構造

御三階櫓、郷土博物館として復元

御三階櫓は元禄15年(1702年)に建てられた三層の独立櫓で、白漆喰の壁や連子格子、千鳥破風と唐破風が重なる優美な姿が特徴です。現在は郷土博物館として復元・展示されています。

本丸を囲む水濠と水鳥

本丸を囲む水濠は利根川・荒川の湿地と連動した天然防御機能を持ち、秀吉軍の水攻めにも耐えました。復元された水面では往時の水郷構造を感じつつ、四季の水鳥も楽しめます。

復元東門、あずま橋とともに

東門は「あずま橋」に架かる一重門で、復元されています。切妻造で、天保3年(1832年)の墨書銘から当時の建立がわかります。

⑤ 忍城スタンプ設置場所|続日本100名城スタンプ情報

忍城スタンプ設置場所、行田市郷土博物館

続日本100名城のスタンプは、行田市郷土博物館で押すことができます。博物館が休館日でも、徒歩5分の「観光物産館ぶらっと♪ぎょうだ」で代わりに押せるので便利です。

  • 行田市郷土博物館:9:00~16:30(最終入館16:00)、休館は月曜・祝翌日・第4金曜・年末年始・臨時休館。スタンプは御三階櫓横の受付で常設。
  • 観光物産館ぶらっと♪ぎょうだ:9:30~17:00、月曜・祝翌日・年末年始休み。忍城バスターミナル内、お土産・忍者グッズあり、カウンターで押印可能。

石田堤の場所と見どころ|忍城水攻めの現場を歩く

石田堤は現在、遊歩道として整備されており、平坦な道なので歩きやすく、散策にも適しています。忍城とあわせて訪れることで、水攻めのスケールを現地で実感できます。忍城東門から北へ車で約10~15分(5km)で石田堤に到着します。信号も少なく平坦な道なので運転しやすいルートです。

石田堤、忍城水攻めの堤防跡

石田堤は天正18年(1590年)、豊臣秀吉の命を受けた石田三成が忍城を水攻めするために築いた堤防の一部です。総延長28km(一説では14km)、わずか数日で築かれたとも伝わります。行田市側には現在も約250mにわたって土塁が残り、当時の大規模工事を体感できます。

丸墓山古墳、石田三成本陣跡

石田堤を直進すると、三成が頂上に本陣を置いたと伝わる丸墓山古墳(直径105m・高さ18.9m)があります。古墳の頂上からは現在も見晴らしが良く、三成はここから堤や水攻めの全貌を監視していたといわれています。

丸墓山古墳頂上から見る忍城御三階櫓

忍城まで約3kmの距離で、地形を活かした絶好の立地です。頂上からは現在も忍城の御三階櫓を見ることができます。

忍城へのアクセス・駐車場・営業時間まとめ

所在地 埼玉県行田市本丸
最寄駅 JR高崎線行田駅から市内循環バスまたはタクシー利用が便利
入場料 無料
開館時間 郷土博物館 9:00〜17:00
休館日 月曜・祝翌日・第4金曜・年末年始・臨時休館
駐車場 あり(無料、第1駐車場33台、第2駐車場22台)

観光地行田市街や石田堤とあわせて巡りやすく、徒歩観光にも便利です。

まとめ|忍城観光はこんな人におすすめ

忍城は戦国期の水城としての特徴を色濃く残す貴重な史跡です。水堀や土塁、石垣から城の防御力を体感できます。

復元御三階櫓や行田市郷土博物館の展示も充実しており、歴史に詳しくない方でも楽しみながら学べます。続日本100名城スタンプ設置城でもあるため、城巡りをしている方にも外せないスポットです。

石田堤とあわせて巡れば、忍城の浮き城伝説や水攻めの歴史を総合的に体験できます。所要時間は2〜3時間程度で、効率よく見どころを回れます。忍城観光では、水城ならではの景観と戦国時代の歴史を同時に体感できます。